2020年5月2日土曜日

5月3日の礼拝は「救い主の愛」です。

奨励「救い主の愛」

使徒9:1522
しかし、主はこう言われた。
「行きなさい。あの人はわたしの名を、異邦人、王たち、イスラエルの子孫の前に運ぶ、わたしの選びの器です。
 彼がわたしの名のために、どんなに苦しまなければならないかを、わたしは彼に示すつもりです。」

そこでアナニヤは出かけて行って、その家にはいり、サウロの上に手を置いてこう言った。
「兄弟サウロ。あなたが来る途中でお現われになった主イエスが、私を遣わされました。
あなたが再び見えるようになり、聖霊に満たされるためです。」
するとただちに、サウロの目からうろこのような物が落ちて、目が見えるようになった。
彼は立ち上がって、バプテスマを受け、食事をして元気づいた。

サウロは数日の間、ダマスコの弟子たちとともにいた。 
そしてただちに、諸会堂で、イエスは神の子であると宣べ伝え始めた。
これを聞いた人々はみな、驚いてこう言った。
「この人はエルサレムで、この御名を呼ぶ者たちを滅ぼした者ではありませんか。
ここへやって来たのも、彼らを縛って、祭司長たちのところへ引いて行くためではないのですか。」
しかしサウロはますます力を増し、イエスがキリストであることを証明して、ダマスコに住むユダヤ人たちをうろたえさせた。

多くの日数がたって後、ユダヤ人たちはサウロを殺す相談をしたが、 その陰謀はサウロに知られてしまった。
彼らはサウロを殺してしまおうと、昼も夜も町の門を全部見張っていた。
そこで、彼の弟子たちは、夜中に彼をかごに乗せ、町の城壁伝いにつり降ろした。

次週の礼拝はここからです。
ご承知のようにサウロは、諸協会で恐れられていた存在です。
光に打たれて視力を失った彼は、なんと全く変わってしまいます。
ある人は、ずっと教会に反発ばかりしていたのですが
ある時、聖書を学んでいると、ふと変わってしまったそうです。が
サウロの反発?それとはレベルが違いますね^^
ユダヤ人に命を狙われるほど、キリスト教を弾圧してたそうです。

聖書に
500デナリの負債を許してもらった人と50デナリの負債を許してもらった人」
の話がありますが
多く許された人は多く愛する。という例えですね。
サウロの負債は、想像もできないくらいとんでもない物だったのでしょうか。
「彼がわたしの名のために、どんなに苦しまなければならないかを、わたしは彼に示すつもりです。」
この主の言葉は、普通の?罪を許された人の喜びというか
目を開かれた盲人が主を賛美しながらついていく。
そのような救い(喜び)とは、別な方向に向かっているのでしょうか。


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岐阜神愛キリスト教会では
毎週日曜日
午前10時30分~聖日礼拝
毎月第2・第4日曜日
午前9時50分~こどものための聖書学校
が行われています。
501-6002
岐阜県 羽島郡岐南町 三宅2-121
058-245-0361
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